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この世界のすべての存在への

最果タヒさんの「夜空はいつでも最高密度の青色だ」を読みました。

夜空はいつでも最高密度の青色だ

夜空はいつでも最高密度の青色だ

ある雑誌で、エッセイのような短いコラムがありました。日常の出来事を書いているのに、なんだか表現が突飛で、難しくて、句読点の打ち方が特徴的で、ライターさんや、小説を書いている作家さんの文章ではないと感じました。書いた人の名前を下に見つけると、最果タヒ、とありました。詩人でした。なるほど。
そして、年始に書店に行くと、最果タヒさんの作品が一角のスペースで宣伝されていました。このまえ見た名前だと思い、手に取りました。ちなみに詩集にも関わらず、映画化されるそうです。どう描くんだろう。
まず、タイトルが素敵。
「夜空はいつでも最高密度の青色だ」
思いつかない言葉だけれど、とても綺麗。1日が終わった夜空って、きっと1日分の青色が凝縮されてるんだろうな、そしてその色をわたしも見た事があるはず。
詩って、特に現代詩って、作者の表現が突飛というか、その言葉とその言葉が繋がるの?という言い回しが苦手だったりします。あと、グロテスクなものもあったり、あまりに直接的すぎたり。
正直、個人の感想としては、この詩集も全てよかったわーなんて読めませんでした。つまり理解ということは出来てません。
でも詩って理解されるために書いてなさそう、少なくとも最果タヒさんはそうだと思います。そのとき、つまり書いたときにある膨大な感情を文字に起こして、言葉にして書いているようで、この詩の中には入りきらない気持ちもあったはず。音楽や、絵画と同じように、書いてあることだけで説明できたら、つまらないもので、詩である必要は無いのだろうと感じます。受け取り手であるわたしたち読者に読まれてはじめて形になる作品なのでしょう。わたしが何かを感じたらそれが答えで、それぞれの答えがあるはず。読みながら一篇ずつに、絵を描きたくなりました。
分かりやすい文章では無いし、詩って難しいな、でも自由なんだと思いました。タイトルのように美しい文を何度も見つけました。
この詩集を一通り読んで感じたのは、自分を好きになれないぼくのきみへの大きくてまっすぐじゃ無い愛と、世界に対するいろんな殺意。でもこれも答えでもないです。こんなこと別に書いてないかもしれない。
いろんなきらいがあるから、愛があるし、殺意もあるし、この世界を見ようとして、何かを感じるのだと思います。
わたしの中身は誰も見た事がないし、わたしも時々出てくる感情しか知りません。わたしだと思っているものは誰かの借り物かもしれない。結構空っぽだけれど、どこかにあるわたしを、ストレートで膨大な感情の詩が思い出させてくれるような気がする。
ここまでは絶賛されまくってて何と無く手に取ったミーハーなわたしの意見ですが、詩ってなんなんでしょう。お気に入りの一篇は見つかりました。